ART Driven Tokyo編集部
人類よ、落ち込まないで!200年前よりは確実に進歩しているのだから
グラフィックアーティストのステファン・サグマイスターが東京・銀座で開催している個展「Now is Better」に行ってきた。毎日、世界のどこかで人類が争っているさまを見て落ち込んでしまうが、展覧会を見終わった後、「人間ってやっぱり悪くない」と思うことができた。人類の進歩を確認し、前向きな気持ちにさせてくれる秀逸な展覧会だ。今年の夏は異様な暑さで、地球温暖化のことを思うと無力感にもとらわれてしまうが、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で2023年10月23日まで行われるこの展覧会は、東京のアートファンを励ましてくれる。(会期終了)
Click here for the article in English.
皮肉でショッキングな表現で知られるサグマイスター。この「ナウ・イズ・ベター」展を 「これまでで最も人生を肯定する展覧会 」と称している。この展覧会は、今年5月にニューヨークのパトリック・パリッシュ・ギャラリーで開催されたものだ。gggは、日本で最も格式高いアートの街、銀座の中心に位置し、公益財団法人DNP文化振興財団が運営するグラフィックデザイン専門のギャラリーである。サグマイスターは、ローリング・ストーンズ、エアロスミス、グッゲンハイム美術館などをクライアントに持ち、大きな成功を収めている。オーストリア出身で、現在はニューヨーク在住だ。
ニューヨーカー、サグマイスター。「今の方がいいんだ」と訴える。説得力をもって表現する
展示はDNP銀座ビルの1階、地階を占め、2本のドキュメンタリーフィルム、グラフィックアート、インスタレーションが展示されている。サグマイスターは、オーストリアの自宅に保管されていた19世紀の絵画に穴を開け、その空洞をラッカー塗装した木材で埋めた。
埋め込まれた部分はグラフになっている。過去200年の間に人類がどのように進歩し、困難を克服してきたかが数字で示されており、サグマイスターは「今のほうがいいんだ」と繰り返し、説得力を持って述べている。
死よりも生。飢えるよりも食べること。無知より知識。独裁国家より民主主義。戦争より平和
Artists, Lawyers and Doctors 2023-左側に行くほど大きくなるこのグラフは、芸術家、弁護士、医者など、人類の進歩に大きく関わる職業のアメリカでの割合を示している。
本展の2本のフィルムのうちの1本、映画『Beautiful Numbers』(4分31秒)の中で、サグマイスターは、彼の祖先であるヤコブとヨハンナの10人の子供のうち、成人したのはわずか6人だったと語っている。彼の祖母であるジョセフィーヌは、一族の中で初めて選挙権を得た女性であり、それは1919年、彼女がすでに42歳の時だったという。サグマイスターは 「誰もが同意すると思います。『死よりも生。飢えるより食べる方が多い。無知よりも知識。独裁よりも民主主義。病気よりも健康。戦争よりも平和を』」としている。
サグマイスターはこうも言う。「”今日、13万5千人が極度の貧困から脱した “という見出しは、実際、毎日ニュースに載るかもしれない。」すべてが測定可能であり、すべてが改善されている。彼は、数字によって客観的になれることをアピールしている。
顧客はローリング・ストーンズ、エアロスミス。彼はすべてを手に入れた。しかし、愛を失った
Doing/ Dumping 2023-角の丸い長方形は、ガスを発生させる人間活動の割合を示している。31%: モノを作る、セメント/鉄/プラスチック、25%: プラグを差し込む、電気、19%: 物を育てる、動物/植物、16%: 移動、車・飛行機・船、7%:「暖かくする・涼しくする」(暖房・冷房)。 出典 ビル・ゲイツ『気候災害を回避する方法』。薄暗い背景と荒々しい波が、深刻な気候変動によって破滅に向かいそうな人類の不安を表現しているようだ。
そう、スマートフォンやPCの情報洪水に身を任せれば、今の世界は悲劇に満ちているように見える。民主主義の崩壊、繰り返される戦争、世界各地を巻き込む気候変動と自然災害、容赦ない無差別殺戮…。
幸せになるために仲間と『ハッピーフィルム』を作った。名誉やお金よりも、愛なのだと悟った
本展では、サグマイスターの挫折と復活を描いたドキュメンタリー映画『The Happy Film 2016』(1時間35分)を上映している。サグマイスターは母親を亡くし、11年間付き合った恋人と別れた後、非常にふさぎ込んでいた。彼は幸せになろうとした。心理学者に相談し、幸せになるための計画を立てた。
バリ島に行き、瞑想をした。毎日自分の幸福度を測った。最初はシドニーで空しさを感じていたが、心理学者が仏教の教え「幸せは内面から発生する」を教えてくれた。幸せになるためには、お金や成功した地位や名誉よりも、友情と愛が必要なのだと彼は悟った。彼は友人たちと映画を撮った。
そして彼は悟った。昔より、今のほうが、より良い、と。
先祖の商売道具に穴を開け、新しいアートを作る。エキサイティングな表現は健在だ
サグマイスターは人類の課題についても表現した。論理の力で困難を乗り越えるという西洋的な強さと、心の平和を求めるという東洋的な価値観の融合によって。
実際、ニューヨーカーたちは9.11テロやリーマン・ショックさえも鮮やかに素早く乗り越え、人類の進歩を確信し続けている。ニューヨークで見逃したアート・ファンは、アート以上にアートであるこの優れたグラフィック・アート展にぜひ足を運んでほしい。きっと、元気になれるから。
展示会概要
ギンザ・グラフィック・ギャラリー (ggg)
〒104-0061 東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル 1F/ B1F
tel. 03.3571.5206
開館時間:11:00am-7:00pm 日曜・祝日休館 入場無料
展示会ウェブサイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000823
ステファン・サグマイスター
ローリング・ストーンズからグッゲンハイム美術館まで多様なクライアントのためにデザインを手がける。グラミー賞受賞2回のほか、多くの主要な国際デザイン賞を受賞。 サグマイスターの仕事はグラフィックに根ざすが、映画監督、家具制作、プロダクト製造、時計のデザイン、最近では衣類のデザインにも挑む。
サグマイスターの書籍は何十万部も売れ、展覧会は各国の多数の美術館で開催。「The Happy Show」展では、世界中で50万人以上の来場者を集め、史上最も来場者数の多いグラフィックショーとなった。
オーストリア出身、ウィーン応用美術大学でMFA取得、フルブライト奨学金を受けてニューヨークのプラット・インスティテュートにて修士号取得。