Written by ART Driven Tokyo発行人編集長  竹田さをり

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

電子音楽とデジタルアートを融合させたフェスティバル「MUTEK.JP2023」が、2023年12月7日(木)~10日(日)の4日間、東京・渋谷で開催された。日本では8年目のMUTEKは、カナダ・モントリオールが発祥(2000年に創設)。取材前に、創設者のアラン・モンゴーが、過去のインタビューで「『最先端』や『イノヴェイティヴ』という言葉は嫌い」と述べていたことを知り、筆者は意外に思っていた。

MUTEK.JPは例年、音楽・アート業界のみならず、電子音楽を学ぶ学生や広告業界のクリエーターが注目するイベントで、最先端・革新的という修飾語とは違和感がないと考えていたからだ。

モンゴー氏の発言の意図は? MUTEKの本領とは? 音楽イベントの会場であるライブハウス「SpotifyO-EAST」を目指して、若者や外国人観光客であふれ返る渋谷・道玄坂を急いだ。

Click here for the article in English.

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

コロナに苦しんだ人間を癒す祈りに思えた Black Boboi + Yanneekの内的世界

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Black Boboi + Yanneek [日本+カナダ・ケベック]

筆者が取材したのは、第3夜「Nocturne3」のうちの3組のパフォーマンス。商業化が著しい音楽フェス業界において、新しいコンテンツの創出支援をコンセプトに掲げるMUTEKは、今年、どんな実験を見せてくれるのか。冒頭から、期待を上回るBlack Boboi+Yanneekのパフォーマンスによって、筆者は別世界へ。

音楽の一部となって振動するデジタルアートは、終わりのない宇宙の光のようで、やわらかい質感さえ伴っていた。そして、Ogreという曲になり、神殿の前で苦しみもだえ、何かに恐れおののくかのような男性のパフォーマンスが映し出された。

画面にはヘビも現れ、巫女のような女性たちの動きに合わせ、Black Boboiの歌声が「今は立ち向かわなくてもいい」と、謎めいて響く。ボーカルはさらに「もし白い龍が見えたなら」「 円を作って一緒に踊ろう」と続く。

白い龍とは、ヘビのことか。ヘビは、アスクレピオスなのだろうか。

アスクレピオスは、ギリシャ神話に出てくる太陽神アポロンの子で、古代ローマで疫病が流行した時、ヘビの姿で現れ市民を救ったという伝説がある。顔も体もゆがめ、もだえる人間の男性のパフォーマンスは、もはや美しいほどに何らかの苦痛を表現している。Ogreが制作されたときはコロナではなかったし、Ogre(鬼、悪魔といった意味)というタイトルの通り、ヘビに姿を変えた悪魔・堕天使ルシファなのかもしれないし、歌の誘いに乗って共に踊ってはいけないのかもしれないが、筆者には、コロナに苦しむ人間を癒すための祈りの音楽のように思えた。

Black Boboiは、小林うてな、Julia Shortreed、ermhoiの3人で構成。2019年にFUJIROCK FESTIVAL’19のレッドマーキーステージに出場。内的な世界を拡大していくような、世界と対話しているような、神秘的なサウンドとボーカルに、筆者もゆっくりと癒されていった。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

エネルギーに満ちた、没入型のライブ映像だ。ビジュアルを担当したYanneekは、モントリオールを拠点に活動するアートディレクター、グラフィックデザイナー、モーションデザイナー、VJ、またイベントオーガナイザー、DJ (Yann) でもある。

シルク・ドゥ・ソレイユのショーなどを担当し、最先端のグラフィック技術を利用して芸術的なパフォーマンスを唯一無二の魅力的な体験に変えてきた。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Black Boboiの祈るような歌声を聴きながら、MUTEK創設者モンゴー氏の「最先端・革新的という言葉は嫌いだ」「知的である必要はない」といった発言の真意に触れた気がした。

音楽は、このところ、あまりに先を急ぎすぎたし、知的になりすぎたのかもしれない。プリミティブな人間の声や、人間の演奏する楽器の音が、以前よりも心ににしみる時代になったのだろうか。

フィボナッチ数列が示す自然の調和美。Ida Toninato & Pierre-Luc Lecours のエコロジー

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Ida Toninato & Pierre-Luc Lecours – Homeostasis [カナダ・ケベック]

Ida Toninato & Pierre-Luc Lecoursは、Homeostasisを披露した。バランス、エコロジー、フィボナッチ数列による均衡の概念に影響を受け、自然と人間の交差点を掘り下げた長編ショーだ。

渦巻のようなデジタルアートが旋回する。なるほど、まさに、イタリアの天才数学者フィボナッチによって発見された数列をビジュアルで表現しているかのようだ!

フィボナッチ数列は広く自然界にみられる不思議な数列だ。植物の花弁の数、5億年前から生息しているといわれるオウムガイや、台風や銀河の渦巻き形状にもその法則性が見られる。「生命の曲線」といわれる調和の美が、サクソフォンの演奏とともに、重厚に展開していく。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Pierre-Luc Lecoursはマルチメディアアーティスト。彼の作品は、しばしば電子楽器と伝統的な楽器、そして楽譜を組み合わせている。電子音楽の解釈、現代音楽の実践の革新的なオーディオビジュアル表現の交差点を探求する熱心な研究者だ。その創造的な功績は、Exhibitronic(2017年)やDestellos Electroacoustic Composition Competition(2014年)などの著名な賞で認められた。

Ida Toninatoは、サクソフォン奏者、作曲家、仮想現実プロデューサー。彼女の作品は音響、共鳴空間、電子要素の融合を探求し、最近の成果にはアルバム「We Become Giants」が含まれる。OPUS賞にもノミネートされた。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

ショーは、バランスの創造と破壊のプロセスを表現していた。時に融合し、時に対立することで、演奏者も観客も、自身の内部、二者間、そして自然環境との均衡を探し求めるプロセスに参加する仕掛けになっていた。

ここでも、モンゴー氏の言葉が思い出された。人間が演奏する楽器の力が、戻ってきている。人間とテクノロジーの融和を感じ取ることができた。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

生きている絵。画家Akiko Nakayamaの、一瞬の、即興の美

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Phew & Oren Ambarchi + Akiko Nakayama [日本+豪州+日本]

画家のAkiko Nakayamaが、ペリエをさっとぶちまけて、そこに絵具を投入する。泡をはじけさせる。色彩と流動が持つエネルギーを使い、素材を反応させることで、「生きている絵」を出現させた。

画家は、丹念に実験を重ね、絵の具の流れを研究したことであろう。コントロールもされたうえでの、偶発性による一瞬の美が、鋭いキック音とともに、刻々と、絶えず変化していく。即興の詩のようなパフォーマンスに会場は沸いた。

この詩的な風景は、生物なのか、自然なのか、もしかしたら自分自身なのか。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP
©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

Phewは伝説のアートパンクバンド、Aunt Sallyの創設メンバーであり、1979年解散後はソロとして活動を続け、1980年に坂本龍一とのコラボレーションシングルをリリース。1981年にはConny Plank、CANのHolger CzukayとJaki Liebezeitと制作した1stソロアルバム「Phew」を発売。2010年代に入り、声と電子音楽を組み合わせた作品を次々に発売し、エレクトロニックアーティストとしても世界的評価を高めた。

Oren Ambarchiの作品は、いくつかの分野の狭間に位置する、ためらいと緊張感に満ちた拡張された形式を有する。それらの分野には、現代の電子音楽とプロセッシング、即興とミニマリズム、静かでもの悲しいソングライティング、Morton FeldmanやAlvin Lucierのような作曲家の欺瞞的な単純さや時間的な停滞、そしてロックの身体性が含まれる。90年代後半からはギターの抽象化と拡張テクニックの実験を重ね、よりパーソナルで独自な音楽世界を生み出した。さまざまな楽器や媒体を用いて創作活動を行っている。

©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP
©︎ Shigeo Gomi / MUTEK.JP

演奏の合間に、観客たちと話した。週末の外出用に軽くドレスアップした、日本在住のアメリカ人女性弁護士や会計士のグループ、ゲームや広告の業界で活躍したい、という日本人の若者たち。

人間とテクノロジーの幸せな融合を感じることができた今回のMUTEK。よく知られたベテラン音楽家も、「これから」というアーティストも、そして、自身も表現者であったりする観客たちも、最終的に一体化していた。筆者は、昨今の人間同士の紛争や、よく取りざたされる人間とAIの対立の未来などの心配事が、このMUTEKのメッセージによって緩和されるような気分を以て年末の渋谷を後にした。

開催概要

名称:MUTEK.JP 2023 Edition 8
日程:2023年12月7日(木)~10日(日)
主催:一般社団法人 MUTEK Japan
協力:株式会社 Mawari
特別協賛:渋谷ストリーム
提携:ヨコハマダンスコレクション 2023
後援:渋谷区、ケベック州政府在日事務所、Federal Ministry Republic of Austria Arts, Culture, Civil Service & Sport、Austrian Cultural Forum Tokyo
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】
オフィシャルサイト: https://tokyo.mutek.org/