Written by ART Driven Tokyo

Fuki V(部分)
2023
手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ
画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕

写真家・堀江美佳の作品には、青が広がっていた。

青か。なるほど、青か。

色を絞る表現は大いにあり得るだろう。だが、なぜ青なのだろう。個展「雪解け水」が行われているSOKYO ATSUMI(東京・天王洲)に足を運んだ。そこには、澄んで抜けるような青の美が展開されていた。しかし、この世には、さまざまな色があるのに、なぜ、青なのだろうか?

そこには、どんな青があったのか。

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

ピカソも愛した青、自由で誠実で

Fuki V, 2023-手漉き和紙にフキを置いてプリントして白く抜けさせ、青くなった部分にネガを置いて再びプリントした。ダンサーの友人をモデルに、自由に生きる女性を表現した。澄んだ青からは、自由に生き、踊る、自立した女性の解放感が伝わってくる。 

思い起こせば、青は、ピカソも愛した色ではないか。青には、冷たい、悲しいという印象もあるが、なんといっても、青は広大な空の色である。清々しく、前向きな色だ。堀江の作品と向き合ううちに、筆者は、時間が経つのも忘れ、スカイブルーに包まれるような、宇宙から青い地球を眺めるような、大らかな気持ちになっていった。

青は、自由だ。

近い距離から見ると、支持体である和紙には、さまざまな凸凹があるのが分かり、それがとてもいい味となっている。作家は、自ら雁皮を刈り取り、繊維を砕き、紙を漉き、圧搾し、乾燥させる。砕く過程で繊維が残り、さまざまな凸凹が生まれるのだ。同じネガを使っても、はっきり違う作品になるぐらいの個性が生まれるという。

京都出身の堀江は、2013年に石川県加賀市山中温泉に移住した。和紙の材料・雁皮(がんぴ)と、和紙を漉くためのきれいな水を求めて。雁皮は植生の範囲が限られている。堀江は、陶芸家が土を選ぶように、雁皮が自生する山中温泉の森を選んだ。

毎年、雪解けの4月に、雁皮を取りに山へ入る。1年に2、3回しか取れない。1年分の材料が取れると、「今年は十分とれてよかった」と安堵する。

堀江には、「日本のアートを世界に伝えたい」「日本のアートを残したい」「手は抜かない」という真心がある。

青は誠実で、一途だ。

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

堀江が用いる写真方式「サイアノタイプ」は、19世紀に発明された方法で、太陽光で印画することができる。「青写真」の語源だ。鉄塩の化学反応を利用して青くする。現在ではほとんど使われていない技法だ。

紫外線の強さで濃淡は変わる。思い通りの結果になるまで、実験を繰り返す。ネガを作り替えたりして、半年ぐらい格闘することもある。

堀江は「自然にある色に飽きることなどありませんよ。今日も、画廊までの道のりを、青空を眺めながら歩いてきました」と話す。色を出したいと思うこともあるし、実際、少し色をのせた作品もある。「明治時代は、写真に色が出せなかったので、白黒に色をつけていたそうですね」。そして、でも、やはり、青なのだ。

懐かしさと儚さ。万葉の自然に遊ぶ

The Composition of the Soil II (3/10)
2023
H42× W59.5cm
手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ
画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

Bamboo boats in the Water_1, 2023, 手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ、ミネラルピグメント、H63×W91cm(上の写真右端)-ネガの代わりに、ササをカットして置いてプリントした。自然と遊ぶ気持ちの躍動を表した。

貝殻のピグメントで水がきらめき、日本の豊かな自然が、青く明るく、踊っている。水音や、ササ船をつくって遊ぶ子供の声が聞こえてきそうだ。鑑賞者は、国境を越えて、自然をいつくしみ、懐かしむ気持ちになることだろう。

もともと、自然のうつろいを夢中になって撮影してきた堀江。近年は、万葉集の歌に出てくる日本古来の自然や文化がテーマだ。いつか途絶えるかもしれない儚さに思いを馳せ、「学びたい、写したい、残したい」と強く願う。

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

雪解け水のように世界の和解を願う

Snow Melting Water (2/10)
2022
手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ・プリント
H59×W42cm
画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

Snow Melting Water (2/10)、2022-雪解け水を表現した作品だ。積もり積もったわだかまりを、じわりと溶かしてくれそうな清冽さと、何より、愛のメッセージを感じる。人類の対立や争いが和らぐように、という静かな祈り。

The Glory of Vines and Flowers(1/10)(部分)
2023
手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ
画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

「降り積もった雪が春になって解け、⽔になるように、私達の暮らしはゆっくりと絶えず変化してゆく⾃然や⽂化の移り変わりや儚さと共に有ります。

また、対⽴や戦乱が絶えない私達の緊張反感がゆるみ、和解の空気が⽣じてくることへの希望を込めました。

⽔、空、地球を連想させる⻘をゆっくり⾒つめる静かな場になりますように。」―堀江美佳

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

堀江の作品は、写真を使いながらも、サイアノタイプというレトロな手法と、細やかな手作業を加えることによって、絵画の雰囲気も持っている。写真と絵画の境界を行き交い、写真でもあり、絵画でもあるという現代アートを作り上げたゲルハルト・リヒターの世界にも通じるセンスだと思う。

饒舌な青。ハスによせて人々の幸せを祈る

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

A sacred place (5/10)、2023、手漉き和紙雁皮紙にサイアノタイプ・プリント、H63.5×W92cm(写真左端)-福井県のハスの名所に赴き、コロナ禍で苦しむ人々が、幸せにになれますように、との願いを込めて制作したという。仏教では、ハスは極楽を表す。

筆者は、この青い画面を見ながら、これまでの人生で見てきた鮮やかなハスの色を次々と思い出した。紅、白、黄色が、はっきりと、私の脳裏に現れた。

堀江の世界には、見えない色が、圧倒的にあふれていると感じた。

この青は、饒舌な青だ。

青で良かったのだ。

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

堀江 美佳

1984 年京都府⽣まれ。現在、⽯川県加賀市⼭中温泉を拠点に国内外で活動。

2007 年京都造形芸術⼤学情報デザイン学科卒業、2009 年ロンドンキングストン⼤学ファイン・アート修⼠課程修了。

主な個展

「WATERFRONT II」、trace、京都(2018)
「Life is a Circle」、紙司柿本、京都(2019)
「Kiku」、Bildhalle、アムステルダム、オランダ (2022)
「Trees, Water, and Light」、IBASHO Gallery、アントワープ、ベルギー (2022)
「⽊、⽔、そして光」、 ⾋居、京都(2023)

主なアートフェア

パリ・フォト、フランス (2022)
KOGEI Art Fair Kanazawa、 ⽯川(2022)
Art Collaboration Kyoto、京都(2023)

アーティストウェブサイトhttps://www.mikahorie.art/

画像提供: SOKYO ATSUMI
写真:今村裕司

展覧会概要

タイトル:堀江美佳 個展 「雪解け水」

会期: 2023年12月12日(火)ー2024年2月1日(木)

場所:SOKYO ATSUMI
東京都品川区東品川 1-32-8 TERRADA ART COMPLEX Ⅱ 3 階
開廊時間:11:00 ‒ 18:00 (⾦・⼟ ‒ 19:00)、休廊⽇:⽇・⽉

展覧会ウェブサイトhttp://gallery-sokyo.jp/exhibitions/exhibitions-7924/