Written by ART Driven Tokyo
作家自身が「展覧会の全体が、ひとつの彫刻ともいえる」という「GARDEN」展を観て、なぜ、穴の開いた丸い彫刻が多用されているのか、合点がいった。彫刻家・大黒貴之は、木をくり抜くことによって、空間も彫っているのだ、と。オブジェクトの側からすれば空間は「外」だが、空間からすればオブジェクトは「内」になる。視点を変えれば、内は外になり、外は内になる。
見方によっては、空間のほうが作品だ、ともいえるのではないか。
ドイツで約6年半、活動した気鋭の大黒貴之の個展「GARDEN」展は2023年11月17日から12月9日まで、東京・赤坂のMARUEIDO JAPANで開かれている。(会期終了)。作家はまた、「回遊式庭園の概念を暗示している」とも言う。ならばさらに、この、花のような、つぼみのような、木の実のような、種子や卵、細胞のような丸いものたちに観客が惹かれ、活力を得るのかも理解できた。
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玉作り、段作り。日本の作庭に似た風景
日本人が愛でる作庭の技術に似た手法が見られるのだ。玉作り、玉散らし、段作り、貝作り。玉作りは、主枝の枝葉を枝先に群がらせた状態の玉物に仕立て、玉を幹の近くに配置する。それを周りに散らしたように配置すれば玉散らし、だ。段作りは玉の形状を統一し、木全体に規則的に配置する手法。貝作りは貝殻のような扁平な玉を配置する場合を言う。
クスノキを彫り、飾りしっくいを塗ったオーガニックな彫刻たちは、作家自身が幼少のころに見た田園の稲穂、山川の樹々や植物などの形状、琵琶湖の風景に触発された記憶によるものだという。
名だたる骨董商も認める価値。思いを閉じ込め、刻むような調和美
筆者は琵琶湖を見たことがないのだが、作品に向き合っていると、湖上を風が渡るような、香りもするような、心地よい錯覚に陥ることができた。大黒はこれまでの著作物やインタビューで、度々、家族との別離について触れている。琵琶湖の湖畔に取り残されたようなこの作品群を作るときに、大黒の感情が大きく動くことがあったのだろうか。彫ることで思い出を閉じ込めて記憶したり、癒したりしたことがあったのだろうか。
大黒は、本展によせて「イギリスのメン・アン・トール遺跡は『穴の開いた石』という意味で知られ、花崗岩で形成された柱と穴がコーンウォール州の草原の中に佇んでいる。彫刻家、アントニー・ゴームリ―氏は、彼の著書『彫刻の歴史 先史時代から現代まで』で、この遺跡の柱を男性の象徴、穴を女性の象徴として捉え、潜在的な再生の場として解釈しています。柱は古代から様々な文化において、生命の根源的なフォルムとして理解されてきました。そのことは、トーテムポール、クメール王朝のリンガ、日本の御柱、そしてブランクーシの無限柱など、多くの例で示されている」と書いている。
トーテムポールも、個人や家族にとっての特別な出来事を記念するために作られ、人々の願いが閉じ込められているものだ。
西洋にも、トピアリーという、木を刈り込んで丸くする作庭技術がある。鳥や動物をかたどったり、立体的な幾何学模様を造ったりする。イギリスの庭園でよくみられる。 針金などの枠型に草花やアイビーなどのつる植物などを這わせて作成されたオブジェクトを含める場合もある。ナイロン糸で鉄に木の実のようなものを吊るした下の写真(右)の作品からは、トピアリー的な要素も感じた。
点と線、見せ場づくり。生命の循環の視覚化
自然の多様性が生み出すしなやかな生命の循環の視覚化を試みる大黒の作品は、日本の名だたる骨董商たちのコレクションとなっているという。その理由も、想像するに難くない。
例えば、水墨画の重要な構成要素として、「点と線」がある。下の写真の丸いオブジェクトひとつひとつは「点」であり、点をつなげると、それは「線」になる。
展覧会のコンセプトである「全体と部分」「上昇と下降」といった要素は、華道などの伝統芸術の「見せ場」の作り方にも通じるものがある。下の写真に見られるように、作品の展示の位置関係がとても面白い。線となった丸い点が、上へ下へ、勢いよく展開し、見ていて楽しい。上下左右に視線を交差させながら、回遊式庭園を巡るように作品と対話することができる。
「間にあるもの」「揺らぎ」は美しい
大黒は、一見すると対立するような二つのものの「間にあるもの」を意識してきた作家だ。彼は、自身の制作世界の全体を貫くコンセプトとして、「間-振動」という言葉を使う。それは以下のようなものである。
「私は両義の間に発生する揺らぎのようなものを意識する。自然と人間社会、二次元と三次元、静と動、線と地などの間にある揺らぎ。自然、文化、人の心理などに見られる、一見すると違う事柄のような二項の間にはいつも何かが発生し、生命のごとく振動しているように感じる。その揺らぎは、『関係性』あるいは『出来事』といえるのかもしれない。この世界は、それらの関係の連続性で成り立っているのだと感じている」
大黒は、YouTubeで、「間にあるもの」について、その美しさについて語っている。
間に発生する揺らぎを「出来事」と捉え、そこに生命を感じる大黒の哲学には、ヒュームに代表されるイギリス経験論にも通じるものがあると感じた。ヒュームたちは、出来事の経験にもとづく帰納的な証明を重視し、絶対性を否定し、科学の絶対性も否定した。客観的な絶対的な事実というものは存在せず、因果関係とは、人間が作っているもので、現状、観測できる経験にもとづく、暫定的な、時間をかけた、帰納的な証明ににすぎない、という考え方だ。
「いままではそうだった」「これからもそうなる」という人間には、因果関係を知る余地はない。1足す1が2、ということも変わるかもしれない。人生とは、暑さや痛みなどの知覚の経験の束でしかない、と絶対的な「わたし」の存在を否定した。
そして、その知覚の束ははかなく、美しい。それが命。
筆者は、間に発生する「揺らぎ」を意識して本展を観ているうちに、大事な人たちとのささやかな出来事や何気ない語らいを次々と思い出し、存在のはかなさや不確かさを再確認するとともに、その一方で、「やはり、自分は確かに生きている」という感覚も獲得し、自分自身がじわりと再生するような活力も得た。鑑賞者は、世界のどこかの草原や湖畔を想起し、自身の人生の旅について、生命についてしばし考えることができるだろう。
大黒 貴之(DAIKOKU Takayuki)
1976 滋賀県生まれ
1999 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業
2001 大阪芸術大学大学院芸術制作研究科造形表現II(彫刻)終了
2001-03 ドイツ・ベルリンに滞在
2011-16 ドイツ・ブランデンブルク州ラーテノウ市に滞在
2016- 滋賀県在住・制作
アーティストウェブサイト:https://k-daikoku.net/
Exhibition Overview
タイトル:GARDEN
会期:2023.11.17 – 12.09
アーティスト:大黒貴之
展覧会ウェブサイト:http://marueidojapan.com/info/exhibition/garden/
住所:MARUEIDO JAPAN 〒107-0052 東京都港区赤坂2-23-1 アークヒルズフロントタワー 1F
電話:03-5797-7040
営業時間:11:00 – 18:00
休廊日:日曜日 月曜日 祝日
アクセス:東京メトロ 南北線・銀座線 「溜池山王駅」12番出口より徒歩3分・東京メトロ 南北線 「六本木一丁目駅」3番出口より徒歩4分・都バス01系統 新橋行 「赤坂アークヒルズ前」徒歩0分
MARUEIDO JAPAN
MARUEIDO JAPAN は2018年4月に東京赤坂にオープンしたモダンアートとコンテンポラリーアートを展開するアートギャラリー。六本木と溜池の間、六本木通り沿いの赤坂アークヒルズフロントタワー1Fに位置している。
グループ会社の丸栄堂は創業100年の日本近代美術を主に扱う老舗画廊で、長らく日本の近代美術市場を支えてきた。1960年(昭和35年)の展覧会「新作日本画展」では奥村土牛、川端龍子、堂本印象、東山魁夷、前田青邨など11名が参加した。
MARUEIDO JAPANでは、より現代性の強いギャラリーとして年に数回の企画展を開催するほか、国内外のアートフェアにも積極的に参加し、日本のアーティストの紹介に力を注いでいる。
取り扱いアーティストは、小津 航、影山萌子、門田光雅、北林加奈子、大黒貴之、半澤友美、濱 大二郎、藤崎了一、増田将大、山口聡一、横溝美由紀、ロビンソン愛子など。
ウェブサイト:http://marueidojapan.com/