Written by Art Driven Tokyo発行人編集長 竹田さをり
南谷理加の絵柄は優れてユニークでダイナミック、表情豊かなのに、じっと見ていると、寂寥感にも似た静かな気持ちになるのは、なぜなのだろうか。
2023年10月28日から11月18日まで、小山登美夫ギャラリー六本木で行われた個展Silent Play(日本語展覧会タイトル:黙劇)は、タイトルの通り、南谷によって確立された無双の視覚言語による、音のない何らかの仮面劇を見ているかのようで、鑑賞者は、分析を試みればみるほど、かえって、いくつもの謎に包まれるのであった。
南谷は25歳。2023年ART AWARD TOKYO MARUNOUCHIで小山登美夫賞を受賞し、今回の個展を開催する運びとなった。作品は完売。その理由は、もちろん、誰にも似ていない、ひとめで南谷だとわかる卓越したオリジナリティーの賜物なのだが、ここでは、さらに進んで、この有望な作家の作品を深く楽しむために、ひとつの分析を試みてみようと思う。
「かわいさ」の奥に漂う禅的な哲学
Untitled #0209, 2022-南谷は子供のころ、ディズニー初期のアニメが好きだったという。キャラクターのような人物は、一見、甘美な印象だが、どことなく、何かを達観したような諦念の眼差しを鑑賞者に送っているようにも見える。
哲学的な、虚無的な諦め、東洋的な「空(くう)」を感じさせる高度な脱力感。これは、禅にも通じる哲学なのではないか。
西洋的な考え方では、虚無はネガティブな印象であるが、禅の世界では、「無」も「空」も永遠の価値である。南谷作品の尽きせぬ魅力を分析するにあたって、「キャラクター的なかわいさと禅的なフィロソフィーの融合、あるいは、両者のギャップの展開」といったことを考えることも、ひとつの方法なのではないか。
あふれる実験精神。大胆な省略、工夫されたコントラスト
Untitled #0264, 2023-南谷の絵画は、モチーフが大胆に省略されていて、彼女の勇敢な実験精神を感じ取ることができる一方、細密に描写されている部分もあり、キャンバスは、さまざまなコントラストで構築されている。色彩の組み合わせも対照的だ。絵具を均一に塗布したかと思うと、一気に筆を運ぶ。
南谷の作品をさらに際立たせているのは、余白を大胆に使ったダイナミックな構図だ。複数の人物が一緒に描かれた群像画では、彼らのポーズや視線が交錯し、見る者の視線を誘導したり惑わしたりする。
小山登美夫は「絵の中の色、線、空間ももちろん魅力的なのですが、顔の向きや視線によってなのか、絵の外に向かって、見ている人がいる空間をも取り込んでしまうのが魅力的でした。その絵の空間の広がりがとても新しく、今の時代を感じられ、とても親しみが持てる」と評している。
余白の美。額縁に挿入したかのような機転。古代ギリシャの無言劇のような
Untitled #0260, 2023-南谷の絵画をさらに際立たせているのは、余白を大胆に使ったダイナミックな構図だ。ひとつのモチーフが画面全体を埋め尽くす構図では、描かれた人物や動物は、キャンバスの直線的な縁に制限されるように、あるいはそれに呼応するかのように、「機転を利かせて挿入」されているように見える。
パントマイムの訳語が「黙劇」であると知った作家は、絵画に描かれた人物と、過去に見た「何かをするふりをしている」パントマイムとの間に接点を見出すと同時に、無言で、言葉を発しない対象としての絵画の本質との共通点を見出したという。
一見、物語の断片や登場人物を表しているように見える人物や動物のモチーフは、「人物は色や形の器にすぎない」という作家の信念に基づくイメージの実験の一環に過ぎないのかもしれない。特定の意味を伝えるものでもなく、視覚効果のみを追求したものでもなく。
何かにはっと驚いたかのような身振りや手振りなど、南谷による沈黙の劇から何を読み取るかは、すべて観客に委ねられる。古代ギリシャの無言劇や、バレエのように。
作品の多くには、登場人物の肌や衣服にタトゥーや模様のような線画が描かれている。 作家が「ラフに描かれた線」と呼ぶこれらの線画は、色彩の塗られた表面に新たなレイヤーを加えることで、濃密さを覆すと同時に、キャンバスに描かれた人物が、絵画の中で新たなドローイングを与えられるという入れ子構造を生み出している。キャラクター的な人物描写でありながら、手にはリアルなしわを描き、技術の確かさ、高い芸術性がさりげなく主張されている。
今の時代を感じられるシニカルなユーモア
南谷は1998年生まれ。ここで世代論を持ち出すのはかなり野暮なことは思うが、あえて指摘すれば、作家はいわゆるZ世代だ。永遠の低空飛行を続ける日本に生まれ、5割が「子どもはいらない」と言い、会社にも期待しない。どんな状況でも立ち向かう!という昭和的なホットさとはかけ離れた若者たちが多いとされる。
Untitled #0269, 2023&Untitled #0274, 2023-無邪気そうに笑いながら仲間の頭を押さえつけている群衆。暗い背景のもとで朗らかそうに笑う人物たちのブラックペインティング。現代アートが、まさに「現代」、「今の時代」を伝える芸術ならば、こうした作品群に、シニカルなユーモア、人間存在の乾いた残酷さを、感じてしまっても許されるのではないか。
そして、これも筆者の深読みではあるのだろうが、ギリシャ神話に登場する3つ首の地獄の番犬ケルベロスを想起してしまうのだ。ひゃっとする冷たさを持つかわいさに、ドキリとし、何時間でもこの絵を見つめてしまう。
「やってみようか」「描いてみようか」。作家の個人的な遊びの世界に引き込まれる
そして、すべては、作家の個人的な遊びの世界に引き込まれる、ということなのだ。南谷自身が解説するYouTubeによると、作品たちは、「描いてみよう」「やってみよう」という実験の結果なのだという。
南谷理加
1998年神奈川県生まれ。
2021年多摩美術大学絵画科油画専攻卒業、2023年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻修了。
現在、茨城県在住。
主な受賞歴に、2022年CAF賞ファイナリスト、2023年ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI小山登美夫賞受賞など。
小山登美夫ギャラリー六本木
住所:106-0032 東京都港区六本木6-5-24 コンプレックス665 2F
電話:03-6434-7225
メール:info@tomiokoyamagallery.com
営業時間 火~土 11時~19時
休館日 日、月、祝日