ART Driven Tokyo発行人編集長 竹田さをり

大塚澪音
72.7 x 60.6 cm, サテン生地にインク
上野の現代アートギャラリー Sho+1 にて、3月25日から4月19日まで開催される「Frenzy or Entropy? 狂乱またはエントロピー」は、現代美術の最前線を見つめる者にとって興味深い展覧会となる。
Sho+1は、日本におけるアンディ・ウォーホルやジャン=ミシェル・バスキアの専門的紹介を手がけた佐竹洋氏が率いるギャラリーである。その場所が、次世代を担う若きアーティスト二人——大塚澪音(おおつか れおん) と 1秒天使9——を取り上げたことに、まず注目したい。
本展は、混沌と秩序、偶然と意図、美と暴力性が交錯する場となる。
タイトルが示唆する「エントロピー(Entropy)」とは、物理学的な概念であり、あらゆるものが無秩序へと向かう宇宙の法則を指す。この不可避の崩壊を前にして、我々は狂乱(Frenzy)へと身を投じるのか、それとも、抗うことなくエントロピーへと溶け込んでいくのか——アーティストたちはそれぞれの方法で、この問いを突きつけているように、ART Driven Tokyo編集部には思えた。
大塚澪音——偶発と制御のはざまで
2001年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。
大塚澪音の作品は、サテン生地にインクを滲ませることで生まれる。染み込ませ、広がらせ、そこに現れる形をすくい上げるような手法。つまり、彼の作品は 「偶然」と「制御」の間で揺らぐ。
かつて大塚は、内なる暴力性に向き合うことで制作を続けていた。しかし、現在は「考えることを休む」「純粋に美しいと感じるものを作る」と語るように、直感へと舵を切っている。

大塚澪音
89.4 × 145.5 cm, サテン生地にインク
「Together Forever」 では、緻密な模様が画面を埋め尽くし、その装飾性に目が行くが、本人は「模様はもともと好きで、きれいだ。難しく考えず、わかりやすく、きれいなものを描こうとした」と話している。
大塚は「自分の作品を見て、みんなに楽しんで欲しい。自分の絵に興味がない人にも、関わりがない人にも」とも話しており、そのまっすぐな想いが伝わってくる。

大塚澪音
40.9×31.8cm, サテン生地にインク
「雨」 では、窓越しに見える風景と、そこに流れる雨だれが描かれる。インクの滲みは、雨そのものの揺らぎを宿し、光と水が交わる瞬間を捉えようとするかのようだ。

大塚澪音
72.7 x 60.6 cm, サテン生地にインク
「天使よめざめて」 は、そのタイトルからして寓意に満ちている。目覚めた天使だけでなく、右下に対峙するように ミツマタを持つ小さな悪魔 が立っている。一見美しい画面の中に、鋭利な毒が仕込まれている。この相反する要素の混在も、大塚の魅力といえるのかもしれない。
1秒天使9——無意識と霊性の交錯
1秒天使9 は、「正体不明」のアーティスト。その作品は、より シャーマニック な性質を帯びる。作家は「夜は、存在と消滅を想う」と語る。絵を描こうとせずに意識の海を漂う中で、何かに「描かされている」ような状態で作品を生み出すのだという。その結果、作品は 個人の表現を超え、無意識や大いなる存在と結びついている ような印象を与える。
その筆致には、突き動かされるような力強さがある。しかし、そこには単なる勢いだけでなく、どこか「見えざるもの」との対話の痕跡が残されているかのようだ。

1秒天使9
50 x 60.6 cm, キャンバスにミックスド・メディア
「せおりつひめ」 は、日本の神話に登場する水の女神、瀬織津姫を描いた作品だ。水面から立ち現れる神の姿 は、まさに神話的なエネルギーを帯びている。筆の勢いに呼応するように、画面からは水が渦巻き、霊的な躍動が伝わってくる。

1秒天使9
85.5 x71cm, キャンバスにミックスド・メディア
「太陽と魔女」 では、キャンバスの地肌を生かしながら、直感的な筆致でイメージが浮かび上がる。何よりも、描かれる対象以上に、「余白」 が重要な意味を持つ作品だ。描くことをどこで止めるか——その判断の鋭さが、見る者の想像力を刺激する。

1秒天使9
64 x 78cm, ダンボールにミックスド・メディア
「抱っこ」 は、段ボールに描かれた作品だ。段ボールは新しい素材なので、ポップな印象が加わる。より感覚的で、即興性の高い表現となっている。この作品のタイトルは「抱っこして欲しい、という意味だ」と作家は話す。ここには、1秒天使9の 「無垢な願望」 が素直に表れているのかもしれない。
「宇宙の必然」にどう向き合うか
この展覧会のテーマ 「Frenzy or Entropy?」 とは、まさにエントロピー、すなわち「秩序あるものは、秩序がなくなる方向に行くという宇宙の必然」をどう受け止めるか、という問いでもあるように思う。
大塚澪音の作品は、偶然と制御の狭間で「秩序を受け入れつつ、滲み出すもの」を見つめるアプローチのように感じられた。一方、1秒天使9は、意識と無意識の間にある領域へとダイブし、「秩序の向こう側にある何か」を描こうとしているようにも思えた。
この二人のアプローチは、対照的でありながら、共通して「不可避のもの」に向き合っているように感じられた。私たちは、世界がエントロピーへと向かう中で、どのように生き、何を表現するのか—— そんな本質的な問いが、作品を通じて浮かび上がってくる。
美とは、無秩序のなかに立ち現れる、一瞬の秩序なのかもしれない。そして、また、狂乱していく…
ここを訪れれば、さまざまな根源的な問いに、ふと立ち止まることになる。
展覧会概要
大塚澪音 × 1秒天使9 二人展 「Frenzy or Entropy? 狂乱またはエントロピー」
会 期|2025年3月25日(火) – 4月19日(土)
時 間|12:00 – 18:00
休廊日| 日・月・祝
会 場|Sho+1 東京都台東区上野1-4-8 上野横山ビル1F
入場無料

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