版画家・佐竹広弥は、森のオブジェクトをキャラクターにして活躍させる。種や虫など、見過ごしてしまいがちな小さなものたち。筆者はかねがね、その世界に不思議な力強さを感じていた。佐竹作品は色数を制限していて、静かな印象。なのに、大胆で、生命力に満ち満ちているのは、なぜなのだろう?
個展「水滴の彼方へ」(2023年11月18日~2023年12月2日、東京・銀座、TomuraLee)に、その理由を探しに行った。
ビロードの質感。暗闇から浮かび上がるかのような
新しいレンズ、2023-新しいレンズを通して小さな世界を見たのだろうか。木の実や種子は、生命力が詰まったもの。エネルギーの象徴だ。画面上の粒子は、細胞の粒のようにも見え、顕微鏡を通したかのようだ。森のくさむらには、注視すると、いろいろな命がうごめいている。
中央のオブジェクトは、豆のからをかぶったまま、にょきっと発芽したようにも見えるし、豆の頭をした人物にもみえる。何か特別な存在が、いよいよ誕生したのだろうか。そう、こういうところに、強さを感じるのだ。
さらに驚いたのは、これは版画ではなく、ペインティングだということだ。事前に見た画像資料では、版画だと思い込んでいた。
佐竹は、版画では、メゾチント技法を用いる。メゾチントは、細かい作業が必要とされる銅版画のなかでも、さらに根気が必要な技法だ。まず、版面全体に、専用の道具で、細かいまくれを作るところから始めなければならない。そして、その面倒な下準備によって、小さな無数の粒粒のマチエールを作ることができる。
ペインティング作品である新しいレンズと、版画作品であるセンサイ センサー、2022(冒頭の写真)を比べてみよう。どちらにも、画面に細かい粒子があり、濃淡が表現されている。
新しいレンズの細かい粒子は、絵具をブラシにつけてはじくスパッタリングや点描によるものだろう。それも根気のいる作業なのだが、絵具を使うなら、絵具を混ぜれば、濃淡は表現できる。それを、色数を制限して、わざわざスパッタリングや点描で濃淡を表現するということは、作家はメゾチントにこだわりがあり、気に入っているのだろう。
なんと一貫性のある作家であることか。この一徹さが強さの源なのだろうか。
どの作品にも、本展のカタログで、東京都町田市立国際版画美術館の藤村拓也・学芸員が指摘するところの、「暗闇から対象が浮かび上がるかのような」「ビロードのような質感」がある。
大胆な構図、小さなものたちのうごめき。ヒエロニムス・ボスのような
ルーツへの旅、2023-流線形のオブジェクトは、飛行機に見える。飛行機は空気のなかを泳ぐから、生き物の形におのずと似るものだ。あるいは、海のユニコーン、イッカク(鯨の一種)だろうか。それなら、海に帰っていくのだろう。
どの作品にも、ストーリーがある。
佐竹の作品は、オブジェクトを途中で切って描いたりしているので、部分図か?と思わせる大胆さがある。小さなものたちがうごめく様子は、ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)の雰囲気がある。
初期フランドル派のヒエロニムス・ボスについて、心理学者のカール・ユングは、「無意識の世界を暴く画家」「架空の世界や生き物を描いた最初の画家」と分析した。ボスは、最初のシュールレアリストとも呼ばれ、後世に大きな影響を与えた。
力強く小さいものたちが活躍する佐竹の世界は、楽しい。
種はエネルギー満載のミクロコスモス
沈黙の雫、2020-命のパワーのもとである種子のキャラクターが、生き物に必須の水を携えている。芸術家の創作動機のひとつとして、「生命を描く」ということがある。その典型のような作品。
佐竹作品は、エネルギー満載のミクロコスモスだ。
イモムシはどこ?2023-エッチングの線で、版を腐蝕させているので、ラインのきわに、独特のにじみが出るのだろうか。面白い。
網膜の園、2023-紙に何か描いているから、作家の自画像なのだろうか。
絵を描くということについて、自己言及しているのか。見るという行為を考えさせているのだろうか。
Okra、2020年-個展では展示されていなかった作品。オクラも、種が多く入っている。作家は、種いっぱいのオクラのパワーに惹かれるのだろうか。
タイムハウス、2023年-扉のようなものがあるオブジェクトの中には、何があるのだろう。何かが住んでいるのだろうか。これは地球上の出来事なのか、どこか違う星のストーリーなのか。何が起きるのだろうか。観る者に楽しい物語を感じさせてくれる。
佐竹ワールド全開の作品だ。
漂流、2023-ヤシの実だから、「漂流」ということか。何かがぱっくりと開いて、何か新しいことが始まろうとしているのだろうか。
佐竹広弥は、見えないところに手数をかけて、逆に、見えやすいところは引き算していくアーティスト。その丹念な算術によって、表現する世界に重厚感が漂い、力強さが生まれる、という印象を持った。口数少ないが、はっきりと、「版画もペインティングも、どちらもやっていきたい」「引き続き、がんばって、発展していきたい」という作家の人柄そのまま、展覧会には芯の強さと誠実さが広がっていた。
筆者は、自分の周りや、自分の中にもあるであろう「小さいけれど、生命力あふれていて、結果、スケールを感じ、発展していく世界」を見つめ直したい、という楽観的な心情を、この展覧会から得たのであった。
佐竹広弥
1985年 神奈川県生まれ。
2012年 東京藝術大学絵画科油画専攻卒業
2014年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程 版画専攻修了
2015-16年 東京藝術大学大学院 版画第一研究室 教育研究助手
2023年 銅夢版画工房講師。東京を拠点に制作、展示活動中
個展:
「水滴の彼方へ」、TomuraLee、銀座、2023年
「Lively Park」、TomuraLee、銀座、2021年
ギャラリー戸村、京橋、2018年
新生堂、青山、2012年
新生堂、青山、2009年
主なグループ展:
アートフェアアジア福岡2022、TomuraLee、福岡
国際メゾチントフェスティバル、ロシア、2019年
ヤングアート台北、ギャラリー戸村、台北、2015年
Cute Confusion、Shinseido TokyoBerlinArtBox、ベルリン、2013年
アート台北、ギャラリー戸村、台北、2013年
ART SHOW BUSAN、ギャラリー戸村、釜山、2013年
現役美大生の現代美術展、カイカイキキギャラリー、東京、2011年
パブリックコレクション:町田市立国際版画美術館、多摩美術大学美術館、エカテリンブルク美術館
アーティストウェブサイト:https://www.hiroya-satake.com/
展覧会概要
会 場: TomuraLee
展覧会名:「水滴の彼方へ」
会 期: 2023年11月18日(土)~2023年12月2日(土) 会期終了
10:30~18:30(土曜日は18時まで)
日月祝休廊
住所:東京都中央区銀座3-9-4 第一文成ビル603
連絡先:tel:03-6264-2536 / mail:info@tomuralee.com
instagram, twitter:@tomuralee
ギャラリーウェブサイト:https://tomuralee.com/